。彼は戦々兢々《せんせんきょうきょう》として馳け違いながら立ち働く兵士たちの間から、暇ある度に卑弥呼の部屋へ戻って来た。彼は彼女に迫って訴えた。しかし、卑弥呼の手には絶えず抜かれた一本の剣《つるぎ》が握られていた。そうして、彼女の答えは定《きま》っていた。
「待て、奴国《なこく》の滅びたのは今ではない。」
 反絵はその度に無言のまま戸外へ馳け出すと、必ず彼の剣は一人の兵士を傷つけた。

       二十五

 奴国《なこく》の宮では、長羅《ながら》は卑弥呼《ひみこ》を失って以来、一つの部屋に横たわったまま起きなかった。彼は彼女を探索に出かけた兵士《つわもの》たちの帰りを待った。しかし、帰った彼らの誰もは弓と矢を捨てると黙って農夫の姿に変っていた。長羅は童男の運ぶ食物にも殆《ほとん》ど手を触れようともしなくなった。そればかりでなく、最早《もは》や彼を助ける一人残った祭司の宿禰《すくね》にさえも、彼は言葉を交えようとしなかった。そうして、彼の長躯《ちょうく》は、不弥《うみ》を追われて帰ったときの彼のごとく、再び矛木《ほこぎ》のようにだんだんと痩《や》せていった。彼の病原を洞察した宿禰は、
前へ 次へ
全116ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング