。彼は小石を拾うと森の中へ投げ込んだ。森は数枚の柏の葉から月光を払い落して呟《つぶや》いた。
三
身屋《むや》の贄殿《にえどの》の二つの隅《すみ》には松明が燃えていた。一人の膳夫《かしわで》は松明の焔《ほのお》の上で、鹿の骨を焙《あぶ》りながら明日の運命を占っていた。彼の恐怖を浮べた赧《あか》い横顔は、立ち昇る煙を見詰めながらだんだんと悦《よろこ》びの色に破れて来た。そのとき、入口の戸が押し開けられて、後に一人の若者を従えた王女卑弥呼が這入《はい》って来た。膳夫は振り向くと、火のついた鹿の骨を握ったまま真菰《まこも》の上に跪拝《ひざまず》いた。卑弥呼は後の若者を指差して膳夫にいった。
「彼は路に迷える旅の者。彼に爾は食を与えよ。彼のために爾は臥所《ふしど》を作れ。」
「酒は?」
「与えよ。」
「粟《あわ》は?」
「与えよ。」
彼女は若者の方を振り向いて彼にいった。
「我は爾を残して行くであろう。爾は爾の欲する物を彼に命じよ。」
卑弥呼は臂《ひじ》に飾った釧《くしろ》の碧玉《へきぎょく》を松明に輝かせながら、再び戸の外へ出て行った。若者は真菰《まこも》の下に突き立
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