ったまま、その落ち窪んだ眼を光らせて卑弥呼の去った戸の外を見つめていた。
「旅の者よ。」と、膳夫の声が横でした。
 若者は膳夫の顔へ眼を向けた。そうして、彼の指差している下を見た。そこには、海水を湛《たた》えた※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1−88−72]《もい》の中に海螺《つび》と山蛤《やまがえる》が浸してあった。
「かの女《おんな》は何者か。」
「この宮の姫、卑弥呼という。」
 膳夫は彼の傍から隣室の方へ下がっていった。やがて、数種の行器《ほかい》が若者の前に運ばれた。その中には、野老《ところ》と蘿蔔《すずしろ》と朱実《あけみ》と粟とがはいっていた。※[#「木+怱」、第3水準1−85−87]《たら》の木の心から製した※[#「酉+璃のつくり」、第4水準2−90−40]《もそろ》の酒は、その傍の酒瓮《みわ》の中で、薫《かん》ばしい香気を立ててまだ波々と揺《ゆら》いでいた。若者は片手で粟を摘《つま》むと、「卑弥呼。」と一言呟いた。
 そのとき、君長《ひとこのかみ》の面前から下がって来た一人の宿禰《すくね》が、八尋殿《やつひろでん》を通って贄殿の方へ来た。彼は痼疾《こしつ》の
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