え。我は数夜の眠りを馬の上に眠っていた。」
「兄よ。この部屋を去れ。」と反絵はいった。
「爾の獲物は死体である。爾は獲物を持って部屋を去れ。」と反耶はいった。
 卑弥呼は二人に挾まれながら反耶の肩を柔く入口の方へ押していった。
「王よ。我に眠りを与えよ。眼が醒めなば我は爾を呼ぶであろう。」
「不弥の女、われも呼べ。兄が爾を愛するよりも我は爾を愛す。」
 反絵は肩を立てて王を睨《にら》むと部屋の外へ出て行った。
「女よ眠れ、爾の眼が醒めなば、われは爾のためにこの部屋を飾らそう。」
 反耶の卑弥呼に囁《ささや》いた声に交って、部屋の外からは、高く反絵の銅鑼《どら》のような声が響いて来た。
「兄よ、部屋を出よ。我は爾よりも先に出た。不弥の女よ、兄を出せ。」
 反耶は眉間《みけん》に皺を落して入口の方へ歩いて行った。童男は彼の後から従った。使部は最後に訶和郎の死体を抱いて出ようとすると、卑弥呼は彼の腕から訶和郎を奪って荒々しく竹の遣戸を後から閉めた。
「ああ、訶和郎、われを赦せ。われは爾の復讐をするであろう。」
 彼女は床の上に坐って、歯を咬《か》みしめた訶和郎の顔に自分の頬をすり寄せた。しか
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