し、その冷い死体の触感は、やがて卑狗《ひこ》の大兄《おおえ》の頬となって彼女の頬に伝わった。彼女の顔は流れる涙のために光って来た。
「ああ、大兄よ。爾は爾の腕の中に我を雌雉子《めきじ》の如く抱きしめた。爾はわれをわれが爾を愛するごとく愛していた。ああ大兄、爾は何処《いずこ》へ行った。返れ。」
彼女は両手で頭をかかえると立ち上った。
「大兄、大兄、我は爾の復讐をするであろう。」
彼女はよろめきながら部屋の中を歩き出した。脱ぎ捨てた彼女の古い衣は彼女の片足に纏《まつわ》りついた。そうして、彼女の足が厚い御席《みまし》の継ぎ目に入ると、彼女は足をとられてどっと倒れた。
二十
反絵《はんえ》は閉された卑弥呼《ひみこ》の部屋の前に、番犬のように蹲《かが》んでいた。前方の広場では、兵士《つわもの》たちが歌いながら鹿の毛皮を剥《は》いでいた。彼らの剣《つるぎ》は猥褻《わいせつ》なかけ声と一緒に鹿の腹部に突き刺さると、忽《たちま》ち鹿は三人からなる一組の兵士の手によって裸体にされた。間もなく今まで積まれてあった鹿の小山の褐色の色が、麻の葉叢《はむら》の上からだんだんに減ってくる
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