男の捧げた衣の方へ、静かに動く円い彼女の腰の曲線が、霧を透《とお》した朝日の光りを区切ったために、七色の虹となって浮き立ちながら花壇の上で羽叩《はばた》く鶴の胸毛をだんだんにその横から現してゆくのが映っていた。そうして、反絵の動かぬ一つの眼には、彼女の乳房《ちぶさ》の高まりが、反耶の銅の剣《つるぎ》に戯れる鳩《はと》の頭のように微動するのが映っていた。卑弥呼は裸体を巻き変えた新しい衣の一端で、童男の捧げた指先を払いながら部屋の中を見廻した。
「王よ。この部屋をわれに与えよ。われは此処《ここ》に停《とど》まろう。」
 彼女は静に反耶の傍へ近寄った。そうして、背に廻ろうとする衣の二つの端を王に示しながら、彼の胸へ身を寄せかけて微笑を投げた。
「王よ、われは耶馬台の衣を好む。爾はわれのために爾の与えた衣を結べ。」
 反耶は卑弥呼を見詰めながら、その衣の端を手にとった。悦《よろこ》びに声を潜《ひそ》めた彼の顔は、髯《ひげ》の中で彼女の衣の射る絹の光を受けて薄紅に栄《は》えていた。部屋の中で訶和郎の死体が反絵の腕を辷《すべ》って倒れる音がした。反絵の指は垂下った両手の先で、頭を擡《もた》げる十疋
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