処《いずこ》へ置くか。」
「旅の女よ、爾は爾の夫を何処へ置くか。」
 その時、急に高縁の踏板が、馳け寄る荒々しい響を立てて振動した。人々は入口の空間に眼を向けると、そこへ怒った反絵《はんえ》が馳《か》け込《こ》んで来た。
「兄よ、旅の女が逃げ失せた。石窖の口が開いていた。」
「王よ。我は夫の死体を欲する者に与えるであろう。」と卑弥呼はいった。そうして、使部の膝から訶和郎の死体を抱きとると、入口に立《た》ち塞《ふさが》った反絵の胸へ押しつけた。
 反絵は崩れた訶和郎の角髪《みずら》を除《の》けると片眼を出して彼女にいった。
「われは爾に代って奴隷を撃った。爾の夫を射殺した奴隷を撃った。」
「やめよ。夫の死体を欲した者は爾である。」と、卑弥呼はいった。
「旅の女よ、森へ行け、奴隷の胸には我の矢が刺さっている。」
 卑弥呼は反絵の片眼の方へ背を向けた。そうして、腰を縛《しば》った古い衣の紐《ひも》を取り、その脇に廻った結び目を解きほどくと、彼女の衣は、葉を取られた桃のような裸体を浮かべて、彼女の滑《なめら》かな肩から毛皮の上へ辷《すべ》り落《お》ちた。
 反耶の大きく開かれた二つの眼には、童
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