数羽の鶴が舞っていた。そうして、朝日を背負った一つの峰は、花壇の上で絶えず紫色の煙を吐いていた。
 やがて、卑弥呼は使部の後から現れた。君長は立ち上って彼女にいった。
「旅の女よ。爾《なんじ》は爾の好む部屋へ行け。我は爾のためにその部屋を飾るであろう。」
「王よ。」使部は跪拝《ひざまず》いた膝の上へ訶和郎《かわろ》を乗せていった。「われは女の言葉に従って若い死体を伴のうた。」
「旅の女よ。爾の衣は鹿の血のために穢《けが》れている。爾は新らしき耶馬台《やまと》の衣を手に通せ。」
「王よ、若い死体は石窖《いしぐら》の前に倒れていた。」
「捨てよ、爾に命じたものは死体ではない。」
「王よ、若い死体はわれの夫《つま》の死体である。」と卑弥呼はいった。
 反耶の赤い唇は微動しながら喜びの皺《しわ》をその両端に深めていった。
「ああ、爾はわれのために爾の夫を死体となした。着よ、われの爾に与えたる衣はわれの心のように整うている。」
 王は隅《すみ》にひかえていた一人の童男を振り返った。童男は両手に桃色の絹を捧げたまま卑弥呼の前へ進んで来た。
「王よ。」と使部は訶和郎を抱き上げていった。「若い死体を何
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