を与えにここへ来た。爾は帰れ。」と大兄はいって再び空の月へ眼を向けた。
卑弥呼は黙って草玉の実をしごき取ると大兄の横顔へ投げつけた。大兄は笑いながら急に卑弥呼の方へ振り向いた。そうして、彼女の肩へ両手をかけて抱き寄せようとすると、彼女は大兄の胸を突いて身を放した。
「我は帰るであろう。我は爾に玉を与えた。我は帰るであろう。」
「よし、爾は帰れ、爾は帰れ。」と、大兄はいいながら、彼女の振り放そうとする両手を持った。そうして、彼女を引き寄せた。
「放せ、放せ。」
「帰れ、帰れ。」
大兄は藻掻《もが》く卑弥呼を横に軽々と抱き上げると、どっと草玉の中へ身を落した。さらさらと揺《ゆら》めいた草玉は、その実《み》を擦《す》って二人の上で鳴っていた。
「卑弥呼、見よ、爾は彼方《かなた》の月のように美《うるわ》しい。」
彼女は大兄の腕の中に抱かれたまま、今は静《しずか》に眼を瞑《と》じて彼の胸の上へ頬《ほお》をつけた。
「卑弥呼、もし爾が我の子を産めば姫を産め。我は爾のごとき姫を欲する。もし爾が彦《ひこ》を産めば、我のごとき彦を産め。我は爾を愛している。爾は我を愛するか。」
しかし、卑弥呼は大
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