かけて、倒れぬように死体の背を押しつけた。格子の隙《すき》から卑弥呼の白い両手が延び出ると、垂れた訶和郎の首を立て直していった。
「ああ爾《なんじ》は死んだ。爾は復讐を残して死んだ。爾は我のために殺された。」
 奴隷は死体の背から手を放した。彼は歓喜の微笑をもらしながら、首の勾玉を両手で揉《も》んだ。訶和郎の死体は格子を撫《な》でて地に倒れた。
 反絵は毛の生えた逞《たくま》しいその臑《すね》で霧を揺るがしながら石窖の前へ馳けて来た。
 訶和郎を抱き上げようとして身を蹲《かが》めた奴隷は、足音を聞いて背後を向くと、反絵の唇からむき出た白い歯並《はなみ》が怒気を含んで迫って来た。奴隷は吹かれたように一飛び横へ飛びのいた。
「女はわれに玉を与えた。玉は我の玉である。」
 彼は胸の勾玉を圧えながら、櫟《いちい》と檜《ひのき》の間に張り詰った蜘蛛《くも》の網を突き破って森の中へ馳け込んだ。
 反絵は石窖の前まで来ると格子を握って中を覗《のぞ》いた。
 卑弥呼は格子に区切られたまま倒れた訶和郎の前に坐っていた。
「旅の女よ。」と反絵はいってその額《ひたい》を格子につけた。
 卑弥呼は訶和郎を指差
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