は鹿狩りの疲労と酒とのために、計画していた卑弥呼の傍へ行くべき時を寝過した。そうして、彼が眼醒《めざ》めたときは、耶馬台《やまと》の宮は、朝日を含んだ金色《こんじき》の霧の底に沈んでいた。彼は松明《たいまつ》の炭を踏みながら、霧を浮かべた園《その》の中で、堤《つつみ》のように積み上げられた鹿の死骸の中を通っていった。彼の眠りの足らぬ足は、鹿の堤から流れ出ている血の上で辷《すべ》った。遠くの麻の葉叢《はむら》の上を、野牛の群れが黒い背だけを見せて森の方へ動いていった。するとその最後の牛の背が、遽《にわか》に歩を早めて馳け出したとき、刺青《ほりもの》のために青まった一人の奴隷の半身が、赤く血に染った一人の身体を背負って、だんだんと麻の葉叢の上に高まって来た。そうして、反絵が園を斜めに横切って、卑弥呼の石窖《いしぐら》を眺めて立った時、奴隷の蜥蜴《とかげ》は一層曲りながら、石窖へ通る岩の上を歩いていった。奴隷を睥《にら》んだ反絵の片眼は強く反《そ》りを打った鼻柱の横で輝いた。
「ああ、訶和郎《かわろ》よ。」と石窖の中から卑弥呼の声が聞えて来た。
 奴隷は背負った赤い死体の胸を石窖の格子に立て
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