の外を見ると、そこには霧の中にひとり王の反耶《はんや》が立っていた。
「不弥の女、爾は何故に眠らぬか、我は耶馬台の国王の反耶である。」と君長《ひとこのかみ》は卑弥呼にいった。
「王よ、耶馬台の石窖は我の宮ではない。」
「爾に石窖を与えた者は我ではない。石窖は旅人の宿、もし爾を傷つけるなら、我は我の部屋を爾のために与えよう。」
「王よ、爾は何故に我が傍に我の夫《つま》を置くことを赦さぬか。」
「爾と爾の夫とを裂いた者は我ではない。」
「爾は我の夫を呼べ。夜が明ければ、我は不弥へ帰るであろう。」
「爾の行く日に我は爾に馬を与えよう。爾は爾の好む日まで耶馬台の宮にいよ。」
「王よ、爾は何故に我の滞《とどま》ることを欲するか。」
「一日滞る爾の姿は、一日耶馬台の宮を美しくするであろう。」
「王よ、我の夫を呼べ。我は彼とともに滞まろう。」
「夜が明ければ、我は爾に爾の夫と、部屋とを与えよう。」
反耶の木靴の音は暫《しばら》く格子の前で廻っていた。そうして、彼の姿は夜霧の中へ消えていった。洞内の一隅ではひとすじの水の滴《したた》りが静かに岩を叩いていた。
十六
反絵《はんえ》
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