て反耶にいった。「鹿の中から若い男女が現れた。彼らを撃つか。」
 君長の反耶は、傍の兵士の持った松明をとると、頭上に高くかざして二人の姿を眺めていた。
「我らは遠く山を越えて来《きた》れる不弥《うみ》の者。我らを放せ。」と訶和郎はいった。反耶の視線は訶和郎から卑弥呼の方へ流された。
「爾《なんじ》は不弥の国の旅人か。」
「然《しか》り、我らは不弥へ帰る旅の者。我らを赦《ゆる》せ。」と卑弥呼はいった。
「耶馬台の宮はかの山の下。爾らは我の宮を通って旅に行け。」
「赦せ。われらの路は爾の宮より外《はず》れている。われらは明日の旅を急ぐ者。」
 反耶は松明を投げ捨てて、兵士たちの方へ向き返った。
「行け。」
 兵士たちは王の言葉を口々にいい伝えて動揺《どよ》めき立った。再び小山の頂では地を辷《す》べる鹿の死骸の音がした。その時、突然、卑弥呼の頭に浮んだものは、彼女自身の類い稀なる美しき姿であった。彼女は耶馬台の君長を味方にして、直ちに奴国《なこく》へ攻め入る計画を胸に描いた。
「待て、王よ。」と卑弥呼はいうと、並んだ蕾《つぼみ》のような歯を見せて、耶馬台の君長に微笑を投げた。「爾はわれらを爾
前へ 次へ
全116ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング