、窪地の底の蘚苔《こけ》の中まで滲み込んでいった。
十四
訶和郎《かわろ》と卑弥呼《ひみこ》を包んだ兵士《つわもの》たちは、君長《ひとこのかみ》に率いられて、遠巻きに鹿の群れを巻き包んで来た耶馬台《やまと》の国の兵士であった。彼らは小山の頂上で狂乱する鹿の群れの鎮《しずま》るのを見ると、松明《たいまつ》の持ち手の後から頂きへ馳《か》け登《のぼ》った。明るく輝き出した頂は、散乱した動かぬ鹿の野原であった。やがて、兵士たちは松明の周囲へ尽《ことごと》く集って来ると、それぞれ一疋《いっぴき》の鹿を引《ひ》き摺《ず》って再び山の麓の方へ降りていった。その時、頂上の窪地の傍で群《むらが》った一団の兵士たちが、血に染った訶和郎と卑弥呼を包んで喧騒した。二人を見られぬ人たちは、遠く人垣の外で口々にいい合った。
「鹿の中から美女と美男が湧《わ》いて出た。」
「赤い美女が鹿の腹から湧いて出た。」
「鹿の美女は人間の美女よりも美しい。」
やがて、兵士たちの集団は、訶和郎と卑弥呼を包んだまま、彼らの君長の反耶《はんや》の方へ進んでいった。
「王よ。」と兵士たちの一人は跪拝《ひざまず》い
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