いた数人の兵士に守られて、広間の中へ連れられた。君長は卑弥呼を見ると、獣慾に声を失った笑顔の中から今や手を延《のば》さんと思われるばかりに、その肥《こ》えた体躯《たいく》を揺り動かして彼女にいった。
「不弥の女よ。爾は奴国を好むか。我とともに、奴国の宮にとどまれ。我は爾に爾の好む何物をも与えるであろう。爾は亥猪《いのこ》を好むか。奴国の亥猪は不弥の鹿より脂《あぶら》を持つであろう。不弥の女よ。我を見よ。我は王妃を持たぬ。爾は我の王妃になれ。我は爾の好む蛙《かえる》と鯉《こい》とを与えるであろう。我は加羅《から》の翡翠《ひすい》を持っている。」
「奴国の王よ、我を殺せ。」
「不弥の女よ。我の傍に来れ。爾は奴国の誰よりも美しい。爾は鐶《たまき》を好むか。我の妻は黄金の鐶を残して死んだ。爾は鐶を爾の指に嵌《は》めてみよ。来たれ。」
「奴国の王よ。我を不弥に返せ。」
「不弥の女よ。爾は奴国の宮を好むであろう。我とともにいよ。奴国の月は田鶴《たず》のように冠物《かぶりもの》を冠っている。爾は奴国の月を眺めて、我とともに山蟹《やまがに》と雁《かり》とを食《くら》え。奴国の山蟹は赤い卵を胎《はら》ん
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