でいる。爾は赤い卵を食え。山蟹の卵は爾の腹から我の強き男子《おのこ》を産ますであろう。来たれ。我は爾のごとき美しき女を見たことがない。来たれ。我とともに我の室《へや》へ来りて、酒盞《うくは》を干せ。」
 君長は刈薦《かりごも》の上に萎《しお》れている卑弥呼の手をとった。長羅の顔は刺青《ほりもの》を浮かべて蒼白《あおじろ》く変って来た。
「父よ、何処へ行くか。」
「酒宴の用意は宜《よろし》きか。長羅よ。爾の持ち帰った不弥の宝は美事である。」
「父よ。」
「長羅よ。我は爾のために新らしき母を与えるであろう。爾は臥所《ふしど》へ這入って、戦いの疲れを憩《いこ》え。」
「父よ。」長羅は君長の腕から卑弥呼を奪って突き立った。「不弥の女は我の妻。我は妻を捜しに不弥へ行った。」
「長羅、爾は我を欺《あざむ》いた。不弥の女よ。我に来れ。我は爾を嫁《めと》りに長羅を遣《や》った。」
「父よ。」
「不弥の女よ。我とともに来れ。我は爾を奴国の何物よりも愛《め》でるであろう。」
 君長は卑弥呼の手を引きながら長羅を突いた。長羅は剣を抜くと、君長の頭に斬りつけた。君長は燈油の皿を覆《くつがえ》して勾玉の上へ転が
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