の婚姻の夜が来た。卑弥呼は寝殿の居室で、三人の侍女を使いながら式場に出るべき装いを整えていた。彼女は斎杭《いくい》に懸った鏡の前で、兎の背骨を焼いた粉末を顔に塗ると、その上から辰砂《しんしゃ》の粉を両頬に掃《は》き流《なが》した。彼女の頭髪には、山鳥の保呂羽《ほろば》を雪のように降り積もらせた冠《かんむり》の上から、韓土《かんど》の瑪瑙《めのう》と翡翠《ひすい》を連ねた玉鬘《たまかずら》が懸かっていた。侍女の一人は白色の絹布を卑弥呼の肩に着せかけていった。
「空の下で、最も美しき者は我の姫。」
 侍女の一人は卑弥呼の胸へ琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》の勾玉《まがたま》を垂れ下げていった。
「地の上の日輪《にちりん》は我の姫。」
 橘《たちばな》と榊《さかき》の植《うわ》った庭園の白洲《しらす》を包んで、篝火《かがりび》が赤々と燃え上ると、不弥の宮人たちは各々手に数枚の柏《かしわ》の葉を持って白洲の中へ集って来た。やがて、琴と笛と法螺《ほら》とが緩《ゆる》やかに王宮の※[#「木+長」、第4水準2−14−94]《ほこだち》の方から響いて来た。十人の大夫《だいぶ》が
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