だ》さんがために、ひとり王宮の中へ這入《はい》っていった。しかし、寂寞《せきばく》とした広間の中で彼の見たものは、御席《みまし》の上に血に塗《まみ》れて倒れている父の一つの死骸であった。
「ああ、父よ。」
彼は楯と弓とを投げ捨てて父の傍へ馳《か》け寄《よ》った。彼は父の死の理由の総《すべ》てを識《し》った。彼は血潮の中に落ちている父の耳を見た。
「ああ、父よ、我は復讐するであろう。」
彼は父の死体を抱き上げようとした。と、父の片腕は衣の袖《そで》の中から転がり落ちた。
「待て、父よ、我は爾に代って復讐するであろう。」
訶和郎は血の滴《したた》る父の死体を背負うと、馳《は》せ違《ちが》う兵士たちの間をぬけて、ひとり家の方へ帰って来た。
やがて、太陽は落ちかかった。そうして、長羅を先駆に立てた奴国の軍隊は、兵部の宿禰の家の前を通って不弥の方へ進軍した。訶和郎の血走った眼と、香取の泣き濡れた眼とは、泉の傍から、森林の濃緑色の団塊に切られながら、長く霜のように輝いて動いて行く兵士たちの鉾先《ほこさき》を見詰めていた。
八
不弥《うみ》の宮には、王女|卑弥呼《ひみこ》
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