咒禁師の剣を奪いとると、再び萩《はぎ》の咲き乱れた庭園の中へ馳け降りた。そうして、彼は蟇《がま》に戯《たわむ》れかかっている一疋の牝鹿《めじか》を見とめると、一撃のもとにその首を斬り落して咒禁師の方を振り向いた。
「来《きた》れ。」
 呆然《ぼうぜん》としていた咒禁師は、慄《ふる》えながら長羅の傍へ近寄って来た。
「我の望は西にある。いかが。」
「ああ、王子よ。」と、咒禁師はいうと、彼の慄える唇は紫の色に変って来た。
 長羅は血の滴《したた》る剣を彼の胸さきへ差し向けた。
「いえ、我の望は西にある。良きか。」
「良し。」
「良きか。」
「良し。」というと、咒禁師は仰向きに嫁菜《よめな》の上へ覆《くつがえ》った。
 長羅は剣をひっ下げたまま、蒸被《むしぶすま》を押し開けて、八尋殿《やつひろでん》の君長《ひとこのかみ》の前へ馳けていった。そこでは、君長は、二人の童男に鹿の毛皮を着せて、交尾の真似をさせていた。
「父よ、我に兵を与えよ。」
「長羅、爾《なんじ》の顔は瓜《うり》のように青ざめている。爾は猪と鶴とを食《くら》え。」
「父よ、我に兵を与えよ。」
「聞け、長羅、猪は爾は頬を脹らせるで
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