った。
「王よ、女は我の妻である。妻を赦《ゆる》せ。」
「爾の妻か。良し。」
君長は女を放して剣《つるぎ》を抜いた。大夫の首は地に落ちた。続いて胴が高縁《たかえん》に倒れると、杉菜《すぎな》の中に静まっている自分の首を覗《のぞ》いて動かなかった。
「来れ。」と君長は女にいってその手を持った。
「王子よ、王子よ、我を救え。」
「来れ。」
女は君長を突き跳ねた。君長は大夫の胴の上へ仰向きに倒れると、露わな二本の足を空間に跳ねながら起き上った。彼は酒気を吐きつつその剣を振り上げた。
「王子よ、王子よ。」
女は呼びながら長羅の胸へ身を投げかけた。が、長羅の身体は立木のように堅かった。剣は降りた。女の肩は二つに裂けると、良人の胴を叩いて転がった。
「長羅よ、酒楽《さかほがい》は彼方である。朝はまだ来ぬ。行け、女は彼方で待っている。」
君長は剣を下げたまま松明の輝いた草野の方へ、再び蹌踉《よろ》めきながら第二の女を捜しに行った。
長羅は突き立ったまま二つの死体を眺めていた。そうして、彼は西の方を眺めると、
「卑弥呼《ひみこ》。」と一言《ひとこと》呟いた。
五
奴国《な
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