》の下から眼を光らせて彼女にいった。
「姫よ、我を爾の傍におけ、我は爾の下僕《しもべ》になろう。」
「爾は帰れ。」
「姫よ、我は爾に我の骨を捧げよう。」
「去れ。」
「姫よ。」
「彼を出せ。」
 使部たちは剣を下げて若者の腕を握った。そうして、彼を戸外の月の光りの下へ引き出すと、若者は彼らを突き伏せて再び贄殿の中へ馳け込んだ。
「姫よ。」
「去れ。」
「姫よ。」
「去れ。」
「爾は我の命を奪うであろう。」
 忽ち、兵士たちの鉾尖は、勾玉《まがたま》の垂れた若者の胸へ向って押し寄せた。若者は鉾尖の映った銀色の眼で卑弥呼を見詰めながら、再び戸外へ退《しりぞ》けられた。そうして、彼は数人の兵士に守られつつ、月の光りに静まった萩《はぎ》と紫苑《しおん》の花壇を通り、紫竹《しちく》の茂った玉垣の間を白洲《しらす》へぬけて、磯まで来ると、兵士たちの嘲笑とともに※[#「革+堂」、第3水準1−93−80]《ど》ッと浜藻の上へ投げ出された。一連の波が襲って来た。そうして、彼の頭の上を乗り越えて消えて行くと、彼は漸《ようや》く半身を起して宮殿の方を見続けた。

       四

「王子は帰った。」
「呪
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