禁師《じゅこんし》の言はあたった。」
「峠《とうげ》を越えて。」
「矛木《ほこぎ》のように痩せて帰った。」
 奴国《なこく》の宮は、山の麓《ふもと》の篠屋《しのや》の中から騒ぎ始めた。そうして、この騒ぎは宮を横切って、宮殿の中へ這入《はい》って行くと、夜になって、神庫《ほくら》の前の庭園で盛大な饗宴となって変って来た。
 松明《たいまつ》を咬《か》んだ火串《ほぐし》は円形にその草野を包んで立てられた。集った宮人《みやびと》たちには、鹿の肉片と、松葉で造った麁酒《そしゅ》や※[#「酉+璃のつくり」、第4水準2−90−40]《もそろ》の酒が配《くば》られ、大夫《たいぶ》や使部《しぶ》には、和稲《にぎしね》から作った諸白酒《もろはくざけ》が与えられた。そうして、宮の婦人たちは彼らの前で、まだ花咲かぬ忍冬《すいかずら》を頭に巻いた鈿女《うずめ》となって、酒楽《さかほがい》の唄《うた》を謡《うた》いながら踊り始めた。数人の若者からなる楽人は、槽《おけ》や土器《かわらけ》を叩きつつ二絃《にげん》の琴《きん》に調子を打った。
 肥《こ》え太《ふと》った奴国の宮の君長《ひとこのかみ》は、童男と三人の宿
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