《こ》える肉体《にくたい》、地《ち》を蹴《け》る刹那《せつな》、雲《くも》の上《うえ》の感覚《かんかく》、私《わたし》はもう今《いま》まさに飛《と》ぼうとしている鷲《わし》のように空《そら》を見上《みあ》げながら飛行場《ひこうじょう》へ自動車《じどうしゃ》を駈《か》けさせた。――さてそのときになっていよいよ野《の》の中《なか》で廻《まわ》っているプロペラの音《おと》を聞《き》き出《だ》すと、私《わたし》はリカ子《こ》に耳《みみ》へ綿《わた》を込《こ》ませ、良《よ》いかと訊《き》いた。良《よ》いと答《こた》える。二人《ふたり》は機体《きたい》の中《なか》の傾《かたむ》いた席《せき》に並《なら》んで腰《こし》を降《お》ろした。飛行場《ひこうじょう》の黒《くろ》い人々《ひとびと》は私達《わたしたち》二人《ふたり》の最後《さいご》の姿《すがた》を見《み》るかのように、まだ開《あ》いているドアの口《くち》から中《なか》を覗《のぞ》き込《こ》んだ。私《わたし》は一|刻《こく》も早《はや》くこの地《ち》を離《はな》れたくてならない。過去《かこ》へ向《むか》って手袋《てぶくろ》を投《な》げつけたい。長《なが》い間《あいだ》の萎《しな》びた過去《かこ》に。すると、いきなりドアが閉《し》まった。もう良《よ》い、さらばだ。機体《きたい》が滑走《かっそう》を始《はじ》め出《だ》した。私《わたし》は足《あし》のような車輪《しゃりん》の円弧《えんこ》が地《ち》を蹴《け》る刹那《せつな》を今《いま》か今《いま》かと待《ま》ち構《かま》えた。と私《わたし》の身体《からだ》に、羽根《はね》が生《は》えた。車輪《しゃりん》が空間《くうかん》で廻《ま》い停《とま》った。見《み》る間《ま》に森《もり》が縮《ちぢ》み出《だ》した。家《いえ》が落《お》ち込《こ》んだ。畑《はたけ》が波《なみ》のように足《あし》の裏《うら》で浮《う》き始《はじ》めた。私《わたし》は鳥《とり》になったのだ。鳥《とり》に。私《わたし》の羽根《はね》は山《やま》を叩《たた》く。羽根《はね》の下《した》から潰《つぶ》れた半島《はんとう》が現《あら》われる。乾《かわ》いた街《まち》が皮膚病《ひふびょう》のように竦《すく》み出《だ》す。私《わたし》は過去《かこ》をどこへ落《おと》して来《き》たのであろう。雲《くも》と雲《くも》との中《なか》 
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