で扇《おうぎ》のように廻《まわ》っている光《ひか》りばかり[#「ばかり」は底本では「かばり」]を追《お》っ駈《か》けながら、私《わたし》は浮《う》き続《つづ》けているのである。今《いま》や私《わたし》には生活《せいかつ》はどこにもない。心《こころ》は光線《こうせん》のように地上《ちじょう》を蹂躙《じゅうりん》しているだけだ。直《ま》っ二ツに割《わ》れていく時間《じかん》の底《そこ》から見《み》えるのは、墓場《はかば》ばかりだ。太古《たいこ》が私《わたし》の周囲《しゅうい》を取《と》り包《つつ》んで眠《ねむ》り出《だ》した。夢《ゆめ》と夢《ゆめ》とが大海《たいかい》のように拡《ひろ》がってはまた拡《ひろ》がる。私《わたし》はその行衛《ゆくえ》を見守《みまも》りながらいつの間《ま》にか砕《くだ》けてしまう。ふと私《わたし》は横《よこ》にいるリカ子《こ》を見《み》ると、自分《じぶん》の位置《いち》を取《と》り戻《もど》した。しかしリカ子《こ》は――この半島《はんとう》とも匹敵《ひってき》すべき巨大《きょだい》な怪物《かいぶつ》は何物《なにもの》であろう。――私《わたし》は彼女《かのじょ》の身体《からだ》に触《さわ》ってみた。すると、私《わたし》の指先《ゆびさき》は地上《ちじょう》からつながっているただ一|本《ぽん》の線《せん》のように長《なが》い間《あいだ》全《まった》く忘《わす》れていた地上《ちじょう》の習慣《しゅうかん》や匂《にお》いや温度《おんど》を私《わたし》の体内《たいない》へ送《おく》って来《き》た。だが、それは隙間《すきま》から吹《ふ》き込《こ》む鋭《するど》い風《かぜ》のように、今《いま》はただ私《わたし》の胸《むね》を新鮮《しんせん》にするだけだった。私《わたし》はリカ子《こ》を抱《だ》き寄《よ》せると、紙《かみ》の上《うえ》へ「結婚《けっこん》」と書《か》いた。するとリカ子《こ》はその横《よこ》へ「有《あ》り難《がと》う」と書《か》き添《そ》えた。二人《ふたり》は新《あたら》しい夫婦《ふうふ》の生活《せいかつ》の第《だい》一|歩《ぽ》を雲《くも》の真中《まんなか》に置《お》いた。微細《びさい》な水粒《みずつぶ》が翼《つばさ》の裏《うら》へ溜《たま》ってはぶるぶる慄《ふる》えながら腋《わき》の下《した》へ流《なが》れていった。翼《つばさ》を支《ささ》えた
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