りょう》さをなおこの上《うえ》お前《まえ》に示《しめ》そうとしていうのではなく、お前《まえ》がQから去《さ》った後《のち》のQの寂《さび》しさが自分《じぶん》には一|番《ばん》胸《むね》に応《こた》えて分《わか》るからだというと、それではQに今夜《こんや》帰《かえ》って謝罪《あやま》ると彼女《かのじょ》はいう。よしそれならと私《わたし》はいったが彼女《かのじょ》をQの家《いえ》の門前《もんぜん》まで送《おく》っていって帰《かえ》って来《く》ると、また一|層《そう》私《わたし》はリカ子《こ》の処置《しょち》に迷《まよ》い出《だ》した。事実《じじつ》私《わたし》はQからリカ子《こ》を最初《さいしょ》に奪《と》るときも黙《だま》って奪《と》り、返《かえ》すときも黙《だま》って返《かえ》し、そうして再《ふたた》び彼女《かのじょ》を奪《と》った今日《こんにち》もまた黙《だま》って奪《と》り、いったい私《わたし》のどこにそれだけの特権《とっけん》があるのだろう。いかにリカ子《こ》が私《わたし》の前《まえ》の妻《つま》だとはいえ今《いま》は他人《たにん》の妻《つま》ではないか、しかしそう考《かんが》えた後《あと》から、不意《ふい》に冷水《れいすい》を浴《あ》びたように負《ま》けたものはQではないこの俺《おれ》だと気《き》がついた。彼女《かのじょ》を奪《と》ったものこそ負《ま》かされたのだ。何《なに》を好《この》んで自分《じぶん》の敗北《はいぼく》に罪《つみ》の深《ふか》さまですりつけて苦《くる》しむ奴《やつ》があるだろう。するとそのときから私《わたし》の心《こころ》は掌《たなごころ》を返《かえ》すがように明《あか》るくなった。私《わたし》は先《ま》ず何《なに》より一|切《さい》の過去《かこ》の記憶《きおく》から絶縁《ぜつえん》しなければならぬ。過去《かこ》の生活《せいかつ》を振《ふ》り捨《す》てねばならぬ。敗《ま》けたら敗《ま》けたでそれでも良《よ》い。先《ま》ず何《なに》よりも雲《くも》を突《つ》き抜《ぬ》けたような明《あか》るさだ。そう思《おも》った私《わたし》は早速《さっそく》私《わたし》とリカ子《こ》とのとりかかるべき最《もっと》も新《あたら》しい生活《せいかつ》の手初《てはじ》めとして、地《ち》を蹴《け》って疾走《しっそう》する飛行機《ひこうき》に乗《の》って旅行《りょ
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