た。首を振り乍ら歩いてゐる馬や、唄を歌つてゐる頬冠りした人間や、車等が沢山往つたり来たりしてゐた。
(出て歩きたいな)と思ふと、両側の柱から垂らして口もとで結んだ縄を噛み切りたくなつて来た。と何日か二三度逃げ出た時、三四日の間一食もくれなかつた苦痛を思ひ出した。
(あんな目に合せやがる―)彼は首を振つた。風が吹いて来た。前の榊の枝がざわついた。下の道に白い塵埃が舞ひ立つて人も車も馬も飲み込まれた。鯉は竿に縋り、ガラン[#「ガラン」に傍点]が激しく鳴つた。塵埃が向ふの山の麓の方へ走り去ると又静になつた。そして暗くなつた山の峰が直き明るく輝いた。蓮華畑の横で女の子らが寝転びながら摘草をしてゐる。他の二三人は麦畑の中で隠れんぼをしてゐる。見つかるとキツ/\と云つた。お転婆らしい。掘り返した畑で大分腰の曲つた男が肥料を撒いてゐる。白い煙を吐いた下り列車が山際をノロ/\這つてゐる。石段の方から鈴の音が響いて来た。彼は急いで首をその方に向けた。赤銅色にギラ/\光つた顔の男が長い杖をつき乍ら下りて来た。男の顔には鼻がなくて真中に小さな孔が二つ開いてゐるだけである。
(妙な野郎、呉れるかしら?)が男は
前へ 次へ
全7ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング