る母親の肩を引っ張って、
「アッ、アッ。」といった。
婦人は灸の方をちょっと見ると、
「まア、兄さんは面白いことをなさるわね。」といっておいて、また急がしそうに、別れた愛人へ出す手紙を書き続けた。
女の子は灸の傍へ戻ると彼の頭を一つ叩いた。
灸は「ア痛ッ。」といった。
女の子は笑いながらまた叩いた。
「ア痛ッ、ア痛ッ。」
そう灸は叩かれる度《たび》ごとにいいながら自分も自分の頭を叩いてみて、
「ア痛ッ、ア痛ッ。」といった。
女の子が笑うと、彼は調子づいてなお強く自分の頭をぴしゃりぴしゃりと叩いていった。すると、女の子も、「た、た。」といいながら自分の頭を叩き出した。
しかし、いつまでもそういう遊びをしているわけにはいかなかった。灸は突然犬の真似をした。そして、高く「わん、わん。」と吠《ほ》えながら女の子の足元へ突進した。女の子は恐《こ》わそうな顔をして灸の頭を強く叩いた。灸はくるりとひっくり返った。
「エヘエヘエヘエヘ。」とまた女の子は笑い出した。
すると、灸はそのままひっくり返りながら廊下へ出た。女の子はますます面白がって灸の転がる後からついて出た。灸は女の子が笑えば
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