笑うほど転がることに夢中になった。顔が赤く熱して来た。
「エヘエヘエヘエヘ。」
いつまでも続く女の子の笑い声を聞いていると、灸はもう止まることが出来なかった。笑い声に煽《あお》られるように廊下の端まで転がって来ると階段があった。しかし、彼にはもう油がのっていた。彼はまた逆様《さかさま》になってその段々を降り出した。裾《すそ》がまくれて白い小さな尻が、「ワン、ワン。」と吠えながら少しずつ下がっていった。
「エヘエヘエヘエヘ。」
女の子は腹を波打たして笑い出した。二、三段ほど下りたときであった。突然、灸の尻は撃《う》たれた鳥のように階段の下まで転った。
「エヘエヘエヘエヘ。」
階段の上では、女の子は一層高く笑って面白がった。
「エヘエヘエヘエヘ。」
物音を聞きつけて灸の母は馳《か》けて来た。
「どうしたの、どうしたの。」
母は灸を抱き上げて揺《ゆす》ってみた。灸の顔は揺られながら青くなってべたりと母親の胸へついた。
「痛いか、どこが痛いの。」
灸は眼を閉じたまま黙っていた。
母は灸を抱いて直ぐ近所の医者の所へ馳けつけた。医者は灸の顔を見ると、「アッ。」と低く声を上げた。灸は死
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