赤い着物
横光利一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)点燈夫《てんとうふ》

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 村の点燈夫《てんとうふ》は雨の中を帰っていった。火の点《つ》いた献灯《けんとう》の光りの下で、梨《なし》の花が雨に打たれていた。
 灸《きゅう》は闇の中を眺めていた。点燈夫の雨合羽《あまがっぱ》の襞《ひだ》が遠くへきらと光りながら消えていった。
「今夜はひどい雨になりますよ。お気をおつけ遊ばして。」
 灸の母はそう客にいってお辞儀をした。
「そうでしょうね。では、どうもいろいろ。」
 客はまた旅へ出ていった。
 灸は雨が降ると悲しかった。向うの山が雲の中に隠れてしまう。路《みち》の上には水が溜った。河は激しい音を立てて濁り出す。枯木は山の方から流れて来る。
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「雨、こんこん降るなよ。
 屋根の虫が鳴くぞよ。」
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 灸は柱に頬《ほお》をつけて歌を唄《うた》い出した。蓑《みの》を着た旅人が二人家の前を通っていった。屋根の虫は丁度その濡れた旅人の蓑
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