て口を母親の方へ差し出した。
「何によ。」と母は訊《き》いて灸の口を眺めていた。
「御飯。」
「まア、この子ってば!」
「御飯よう。」
「そこにあなたのがあるじゃありませんか。」
母はひとり御飯を食べ始めた。灸は顎《あご》をひっ込めて少しふくれたが、直ぐまた黙って箸を持った。彼の椀《わん》の中では青い野菜が凋《しお》れたまま泣いていた。
三度目に灸が五号の部屋を覗くと、女の子は座蒲団を冠《かぶ》って頭を左右に振っていた。
「お嬢ちゃん。」
灸は廊下の外から呼んでみた。
「お這入《はい》りなさいな。」と、婦人はいった。
灸は部屋の中へ這入ると暫く明けた障子に手をかけて立っていた。女の子は彼の傍へ寄って来て、
「アッ、アッ。」といいながら座蒲団を灸の胸へ押しつけた。
灸は座蒲団を受けとると女の子のしていたようにそれを頭へ冠ってみた。
「エヘエヘエヘエヘ。」と女の子は笑った。
灸は頭を振り始めた。顔を顰《しか》めて舌を出した。それから眼をむいて頭を振った。
女の子の笑い声は高くなった。灸はそのままころりと横になると女の子の足元の方へ転がった。
女の子は笑いながら手紙を書いてい
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