《まゆげ》には細かい雨が溜り出した。
「灸ちゃん。雨がかかるじゃないの。灸ちゃん。雨がよう。」と姉がいった。
二度目に灸が五号の部屋を覗いたとき、女の子はもう赤い昨夜の着物を着て母親に御飯を食べさせてもらっていた。女の子が母親の差し出す箸《はし》の先へ口を寄せていくと、灸の口も障子の破れ目の下で大きく開いた。
灸はふとまだ自分が御飯を食べていないことに気がついた。彼は直ぐ下へ降りていった。しかし、彼の御飯はまだであった。灸は裏の縁側へ出て落ちる雨垂れの滴《しずく》を仰いでいた。
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「雨こんこん降るなよ。
屋根の虫が鳴くぞよ。」
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河は濁って太っていた。橋の上を駄馬が車を輓《ひ》いて通っていった。生徒の小さ番傘《ばんがさ》が遠くまで並んでいた。灸は弁当を下げたかった。早くオルガンを聴きながら唱歌を唄ってみたかった。
「灸ちゃん。御飯よ。」と姉が呼んだ。
茶の間へ行くと、灸の茶碗に盛られた御飯の上からはもう湯気が昇っていた。青い野菜は露《つゆ》の中に浮んでいた。灸は自分の小さい箸をとった。が、二階の女の子のことを思い出すと彼は箸を置い
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