》の破れ目から中を覗《のぞ》いてみたが、蒲団《ふとん》の襟《えり》から出ている丸髷《まるまげ》とかぶらの頭が二つ並んだまままだなかなか起きそうにも見えなかった。
灸は早く女の子を起したかった。彼は子供を遊ばすことが何よりも上手であった。彼はいつも子供の宿《とま》ったときに限ってするように、また今日も五号の部屋の前を往《い》ったり来たりし始めた。次には小さな声で歌を唄った。暫くして、彼はソッと部屋の中を覗くと、婦人がひとり起きて来て寝巻のまま障子を開けた。
「坊ちゃんはいい子ですね。あのね、小母《おば》さんはまだこれから寝なくちゃならないのよ。あちらへいってらっしゃいな。いい子ね。」
灸は婦人を見上げたまま少し顔を赧《あか》くして背を欄干《らんかん》につけた。
「あの子、まだ起きないの?」
「もう直ぐ起きますよ。起きたら遊んでやって下さいな。いい子ね、坊ちゃんは。」
灸は障子が閉まると黙って下へ降りた。母は竈《かまど》の前で青い野菜を洗っていた。灸は庭の飛び石の上を渡って泉水の鯉を見にいった。鯉は静《しずか》に藻《も》の中に隠れていた。灸はちょっと指先を水の中へつけてみた。灸の眉毛
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