の下に立っていた。田舎宿《いなかやど》の勝手元《かってもと》はこの二人の客で、急に忙しそうになって来た。
「三つ葉はあって?」
「まア、卵がないわ。姉さん、もう卵がなくなってしまったのね。」
活気よく灸の姉たちの声がした。茶の間では銅壺《どうこ》が湯気を立てて鳴っていた。灸はまた縁側《えんがわ》に立って暗い外を眺めていた。飛脚《ひきゃく》の提灯《ちょうちん》の火が街の方から帰って来た。びしょ濡れになった犬が首を垂れて、影のように献燈の下を通っていった。
宿の者らの晩餐《ばんさん》は遅かった。灸は御飯を食ぺてしまうともう眠くなって来た。彼は姉の膝の上へ頭を乗せて母のほつれ毛を眺めていた。姉は沈んでいた。彼女はその日まだ良人《おっと》から手紙を受けとっていなかった。暫《しばら》くすると、灸の頭の中へ女の子の赤い着物がぼんやりと浮んで来た。そのままいつの間にか彼は眠ってしまった。
翌朝灸はいつもより早く起きて来た。雨はまだ降っていた。家々の屋根は寒そうに濡れていた。鶏《にわとり》は庭の隅《すみ》に塊《かたま》っていた。
灸は起きると直ぐ二階へ行った。そして、五号の部屋の障子《しょうじ
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