たがために、私は即座にこの地を選んで移り棲《す》む決心をしたのであったから、ちょうどその風景に適合したように現れて来た高次郎氏の姿も、自然な感興を喚《よ》び起したにちがいないが、いずれにせよその方が私にはこの地を選んだ甲斐《かい》もあったと喜ぶべきである。私はときどき仕事に疲れ夜中ひとり火鉢《ひばち》に手を焙《あぶ》りながら、霙《みぞれ》の降る音などを聞いているとき、ふと高次郎氏は今ごろはどうしているだろうと思ったりすることもあって、人には云わず、泡のように心中を去来する人影の一人になっていたころである。ある日、私の家の二階から見降せる所に、二十間ほど離れた茶畑の一隅が取り払われ、そこへ石つきが集って十坪にも足らぬ土台石を突き堅めている声が聞えて来た。
「家が建つんだなア。近所へ建つ最初の家だ。あれは」
こんなことを私は家内と話していると、また八百屋の小僧が来て、そこへは高次郎氏の家が建つのだと告げていった。自分の家の傍へ知らぬ人の家の建つときには、来るものはどんな人物かと気がかりなものだが、それが高次郎氏の家だと分ると急に私は心に明るさを感じた。しかし、また小さな私の家よりはるかに
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