睡蓮《すいれん》
横光利一
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)恰好《かっこう》
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)祖先|発祥《はっしょう》
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もう十四年も前のことである。家を建てるとき大工が土地をどこにしようかと相談に来た。特別どこが好きとも思いあたらなかったから、恰好《かっこう》なところを二三探して見てほしいと私は答えた。二三日してから大工がまた来て、下北沢《しもきたざわ》という所に一つあったからこれからそこを見に行こうという。北沢といえば前にたしか一度友人から、自分が家を建てるなら北沢へんにしたいと洩《も》らしたのを思い出し、急にそこを見たくなって私は大工と一緒にすぐ出かけた。
秋の日の夕暮近いころで、電車を幾つも乗り換え北沢へ着いたときは、野道の茶の花が薄闇《うすやみ》の中に際《きわ》立って白く見えていた。
「ここですよ。どうですかね」
大工は別に良いところでもないがといった顔つきで、ある高台の平坦な畑の中で立ち停った。見たところ芋の植《うわ》っている平凡な畑だったが、周囲に欅《けやき》や杉の森があり近くに人家
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