じた。すると、次の朝になって次男が、
「加藤さんの小父さん、お酒飲んで帰って来たら、電車に突き飛ばされて死んじゃったんだって」とまた云った。
「違うよ。まだ生きてるんだよ」
 と長男が今度はどういうものか強く否定した。
「死んだんだよ。死んだと云ってたよ」
 とまた次男は声を強め倦《あ》くまで長男に云い張った。どちらがどうだかよく分らなかったが、とにかく不慮の出来事のこととてこちらから訊ねに行くわけにもいかずそのままでいると、その翌日になって高次郎氏の家から葬《とむらい》が出た。
 私は家内を加藤家へお焼香にやった後、小路いっぱいに電柱の傍に群れよって沈んでいる、看守の服装をした沢山な人たちの姿を眺めていた。そのときふと私はその四五日前に見た、加藤家の半白の猫が私の家の兎《うさぎ》の首を咥《くわ》えたと見る間に、垣根《かきね》を潜《くぐり》り脱けて逃げた脱兎《だっと》のような身の速さを何となく思い出した。
 高次郎氏の不慮の死はやはり子供たちの云い張ったようだった。酔後終電車に跳ねられてすぐ入院したが、そのときはもう内出血が多すぎて二日目に亡くなったということである。みと子夫人は裁縫の
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