私は思った。どこからか女の子の泣き声を聞きつけると、私は二階から、「またやったな」と乗り出すほどこの次男のいたずらには梃擦《てこず》った。このようなことは子供のこととはいえ、どことなく加藤家と私の家との不和の底流をなしているのを私は感じたが、それも永い年月下からこの二階家を絶えず揺りつづけた加藤家に対して、自然に子供が復讐《ふくしゅう》していてくれたのかもしれぬ。
「こらッ、あの子を泣かしちゃいかんよ」
私はこんなに自分の次男によく云ったが、次男は、
「あの子、泣きみそなんだよ」と云ってさも面白そうにまた泣かした。高次郎氏の所へ一年に一度年賀の挨拶に私の方から出かけて行くのも「今年もまた何をし出かすか分りませんから、どうぞ宜敷《よろし》く」と、こういう私の謝罪の意味も多分に含んでいた。この家は門の戸を開けると一歩も踏み込まないのに、すぐまた玄関の戸を開けねばならぬという風な、奇妙な面倒さを私は感じ敷居も年毎に高くなったが、出て来るみと子夫人の笑顔だけは最初のときと少しも変らなかった。
高次郎氏とも私は顔を合すというような機会はなかった。月の良い夜など明笛《みんてき》の音が聞えて来る
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