って皆に先きへいって貰おうと考えた。

 しかし、皆のもののへたばりそうにしているのはもういま現在のことなんだから、そんな考えを起したって無論何んにもなりはしないのだ。もう一団の者は油汗を顔ににじませて青黒く、眼はぎろりと坐り出し、なま欠伸がひっ続けて出始めると突如として奇声を発するものもあって、雨風に吹き折られるかのようにどっと突角った岩の上へ崩れかけたりすると、病人はまた捨てていってくれといって泣き上げる。女達は女達でもう髪から着物からびしょびしょで、幽霊みたいにべったりと濡れた髪を顔へひっつけさせたまま歩いているのだが、腰巻の色が下から着物へまで滲み出て来て、コンパクトや財布へまで水が溜ってぬらぬらして来ると、もうどっしりと却って落ちつき出して早く死ぬものなら一思いに死んでしまいたいと菊江がいう。じゃここから飛び込めばわけはないと八木がいうと、その一言の冗談がもうへとへとになっていた栗木の癇に触ったのであろう、人の苦しんでいるときに冗談をいうとは何事だと栗木は八木に詰めよった。すると、八木は八木でそんな思わぬことで詰めよられたんだからびくりとしたのか、逆に立ち直って、いくら菊江に
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