冗談をいったからってそんなことで怒らなくとも良いだろう。菊江なんかはお前がいくら好いたってもう駄目でちゃんと高木と一緒になっているところを自分は見たのだとつい口を辷らすと、いままで黙々として何一ついわなかった温和な佐佐が、いきなり懐中からナイフを出して高木めがけて突っかかった。高木は素早く佐佐のナイフの先からのがれて一目散に断崖の上を逃げていったが、佐佐もしつこく傾きながら彼の後から追っかけると、暫くこの思わぬ出来事にぼんやりしていた栗木が敵は八木ではなく高木と佐佐だと知ったのかこれもまた二人の後から追っ馳け出した。菊江は私の傍で闇の中を透しながらただ自分が悪いのだといって泣きじゃくっているだけなので、私は早くいって男達の争いをとめて来いというとあなたがいってくれなければ自分ではとまらぬという。ところが、これもまたあまり不意の出来事だが私の後ろにいた品子が急に泣いている菊江の襟もとへ武者振りついて歯をきりきり鳴らせ出した。自分の男の誰かをとられていたのに初めて気附いたのであろうが、そのうちに張本人の八木までが怒り出して今度は品子を引き摺り倒すと貴様の男は誰だといい始めたのには私も驚いた
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