た不安は、全く馬鹿気たことだったのだと思って可笑《おか》しかった。
「やっと叔父《おじ》さんになったぞ。」
そう思うと彼は文句なしに人間が一段|豪《えら》くなったような気がした。
四
六月に末雄は帰省した。彼は姉の家へ着くと直ぐ黙って上ろうとした。が、足が酷く汚れていたので膝《ひざ》で姪《めい》の寝ているらしい奥の間の方へ這《は》い出《だ》した。黄色い坐蒲団《ざぶとん》を円《まる》めたようなものが見えた。
(いるいる。小っぽけな奴だ。)
彼はにたりと笑いながら姪の上へ蚊帳《かや》のように被《かぶ》さった。
(待て、こりゃ俺に似とるぞ。)
彼は姪の唇を接吻した。つるつる滑《すべ》る乳臭い唇だ。姪は叔父を見ながら蝸牛《かたつむり》のような拳《こぶし》を銜《くわ》えようとして、ぎこちなく鼻の横へ擦《す》りつけた。
(こ奴《いつ》、俺そっくりじゃないか。)
彼は不思議な気がすると、笑いながら、俺の子じゃないぞと思った。
(よし。一人増した!)
彼は何かしらを賞《ほ》めてやりたかった。これこそ俺の味方だ、嘘《うそ》ではないぞ、と思った。
姉のおりかは笑いながら晴れや
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