気がついた。親の腹が痛くなくとも子の身体は痛んでいるかも分らなかった。もう医者に姉の腹を見せるより仕方がないと彼は思った。しかし、見せるとすればまたどうしても一度は彼の心配の仕方を姉に話さなければならなかった。これが彼には羞しくて厄介《やっかい》だった。正式な結婚で姉は人妻になっているとはいえ、とにかくいずれ不行儀な結果から子供が産れて来たにちがいない以上、それをお互に感じ合う瞬間が彼にはいやであった。彼が黙っているので姉も黙っていた。
 「まだ痛い?」と姉は暫《しばら》くして訊いた。
 「もういいんだ。」
 「降りたら薬屋があるわ。小寺さんなら近いし。痛い?」
 小寺さんとは近くの医者の名であった。
 「もう癒《なお》ったよ。」と彼はいうと、
 「それでも診《み》てもろうておく方がええやないの。」と、今度は姉から彼に医者をすすめ出した。
 彼は聞かぬ振りをしてどしどしと山を下った。

     三

 四月には彼は東京にいた。女の子が生れたという報知《しらせ》を姉の良人《おっと》から受け取ったのは五月であった。
 「しめた!」と彼は思った。そして、今まで誰にもいわずに隠《かく》してい
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