隠すと前へいざり出た。
「こりゃ、さア来い。」
すると幸《ゆき》は少し周章《あわ》ててまた二つ三つ桟を向うへ渡ってから彼の方を振り向いた。
「うむ? 何んだい。」
彼が立って抱こうとすると、姪は桟を持ったまま叩かれた蝉《せみ》のように不意に泣き出した。彼はぼんやりとしてしまった。
十三
休暇中の彼の仕事は殆《ほとん》ど幸子の見張りのために費された。無論それは誰からも命令《いいつ》けられた役目ではなかった。しかしそれにもかかわらず、幸子は不思議なほど彼に懐《なつ》かなかった。彼は顔をいろいろ歪《ゆが》めて彼女を笑わせたり、やり過ぎるほど菓子をやったりしたあとで、もういいだろうと思って恐《こ》わ恐《ご》わ「御身よ御身よ。」といいながら彼女の手を握る。すると、幸子は直ぐ「ふん、ふん。」と鼻を鳴らせて手を引いた。そんな時彼は淋しい気がした。何か子供の直感で醜さを匂《におい》のように嗅《か》ぎつけているのではないかと恐れることもあった。
「俺はなるほどいけない奴だ、だけど俺はお前が可愛《かわい》くっての。」
彼はそんなことを口の中でいいながら抱きたい気持ちを我慢してい
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