ため一命は助かり、今では元のように健全に這《は》い廻《まわ》っていると書いてあった。
彼は直ぐペンをとると、手紙を粗雑に書くのもほどがあるというような意味の怒った手紙を姉に書き始めた。が、それも力抜けがして中途で止《よ》してしまった。彼は重味のとれた怠惰《たいだ》な気持ちでぼんやり庭の白躑躅《しろつつじ》を眺めていた。それから暫くたった時、今日はうまい物を腹いっぱい食べて銭《かね》を費《つか》ってしまってやろうと思った。寿司《すし》が第一に眼についた。
彼は下宿を出た。が、気持ちがせかせかして周章《あわ》ててばかりいた。人が一といっている時自分が二といっているようだ。何か禍《あやま》ちをしそうな気がした。
十二
休暇になると彼は直ぐ姉の処へ帰った。
幸子は一人|表《おもて》の間《ま》の格子《こうし》の桟《さん》を両手で握ってごとごと揺《ゆす》っていた。彼女は二つだ。
「ゆき、帰ったぞ。」
彼が音高く姪の前へどんと坐った。姪は恐《こ》わそうな顔をして一つ桟を向うへ渡った。
彼は自分の長い頭の髪が恐く見えるのだと思ったので、帽子《ぼうし》を深く冠《かぶ》って髪を
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