罪悪だ、実に馬鹿にしている、罪悪だ!」
彼は何か出張《でば》った石の頭に蹉《つまず》いて踉《よろ》けた。
「糞《くそ》ッ!」と彼は怒鳴《どな》った。
蕎麦屋《そばや》の小僧が頭に器物《うつわもの》を載せて彼の方へ来た。彼はその器物を突き落とそうとして睥《にら》みながら小僧の方へ詰め寄っている自分を感じた。小僧は眼脂《めやに》をつけた眼で笑いながら、
「ヤーイ。」というと彼の方へ片足をあげた。
彼は素通りした。三間《さんげん》ほども行き過ぎてから、器物を落とされたときの間の抜けた顔をしている小僧が浮ぶと、彼は唐突に吹き出して笑った。と、笑いながら酔漢《よっぱらい》のように身体を自由にぐらぐらさせて歩きたくなって来た。自棄酒《やけざけ》を飲みたくなった。
片腕のとれた姪を見る気がしなかったので、もう彼は直ぐ来る夏の休みにも帰るまいと思った。そして、日向の父にそのことを報《し》らせると、父からは直ぐ返事が来て、幸子が腕を切断したというのは何かの間違いだろう、心配することはない、と書いてあった。すると偶然その日義兄の久吉からも手紙が来て、幸子も毒が片腕に廻っただけで身体へ来なかった
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