かべると、対象の解らない怒りが込み上げて来た。彼はペンをとって葉書へ、
 「幸子を姉さんのような不注意者に与《あず》けて置いたということが、こんな罪悪を造ってしまったのだ。」
 と書いた。書いている中《うち》に涙が出て来て、インクを次ぐ時壺の中へうまくペンのさきが嵌《は》まらなかった。
 彼はその葉書を持って外へ出た。
 「とうとうやって来た。」
 彼は自分を始終脅かしていた物の正体を明瞭に見たような気持ちがした。その形が彼の前に現れたなら必死になってとり組んでやると思った。不思議な暴力が湧《わ》いて来たがしかしどうとも仕様《しよう》がなかった。その中に幸子の大きくなってから一生彼女の心を苦しめる不幸を思うと、もう彼は暗い小路の中に立ち停ってしまった。
 「俺の妻にしてやろう。」
 ふと彼はそんなことを考えると、自分と姪の年の差を計ってみた。それから、自分の顔と能力とを他人に批《くら》べた。
 「何アに、俺に不足があるものか、必ず幸福にしてみせるぞ。他人の誰よりも俺は愛してやる。よしッ、何アに。」
 彼はまた歩き出した。が、壊れ人形のような姪の姿がちらちらするとまた涙が出て来た。
 「
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