ておりかは笑った。そして、自分でまた別の猿の頭をゴムで作った小さい玩具を出して幸子の鼻の前へ持っていった。
 「そうれユウちゃん、こんどは猿《えて》さん。」
 するとおりかは猿の頭を押したと見えて、猿の口から細長い袋になっている赤い舌が飛び出した。幸子は眼をパチパチさせて反《そ》り返《かえ》ったが、頭が母の胸で止《と》められると眼をつむって横を向いてしまった。皆が笑った。が、彼は疲れていたのでひとり恐《こわ》い顔をして、
 「大きゅうなったね。」と一口言った。
 「そう、大きゅうなってる? お母さん、ユウが大きゅうなったって。」
 と姉は傍にいる母にいってきかせた。
 「そりゃ大きゅうなってるわさ。」
 「そうかしら、ちっとも大きゅうなったように見えやへんけど、傍にいるでやな。」と姉は嬉しそうにいった。

     十

 二、三日して前《さき》に日向《ひゅうが》へ行っている彼の父から母に早く来いといって来た。母は孫の傍から離れてゆくのを厭《いや》がったがとうとう行くことになった。
 出発の時、汽車の窓から首を出している彼女の前には、久吉とおりかと、おりかの肩から顔を出している幸子とそ
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