と、隣家から赤子の回向《えこう》の鉦《かね》の音が聞えて来た。初秋の涼しい夜だ。すると、
「昔|丹波《たんば》の大江山《おおえやま》。」と子供の歌う声がして、急に鉦はそれと調子を合せて早く叩かれた。
「阿呆《あほ》やな。」と直ぐ母親らしい叱る声がした。
彼がこちらで笑い出すと、おりかも何処か暗い処で笑い出した。
九
次の春の休暇に帰って彼が姉の家へ着いた時、幸子は彼の母の膝の上で、一枚の新聞を両手で三度に引き破っている所だった。
「ソラ。」
彼は玩具《おもちゃ》の包みを炬燵《こたつ》の上へ置くと、自分も母や姉のように蒲団《ふとん》の中へ足を入れた。母は包みを解いて中からセルロイドの人形を出した。
「そうれユウちゃん。兄さんがな。」
「兄さんやない叔父さんやはなア。」と姉は幸子を見ていった。
「アそかそか、叔父さんがな、遠い所でこんなにええ物|買《こ》うて来ておくれはった。アーええこと、ソーラ。」
彼の母が人形を差し出すと幸子は祖母の顔と人形とを暫《しばら》く交《かわ》り番《ばん》こに眺めていてから、そろそろと人形の方へ手を出した。
「あの顔。」といっ
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