彼はふと弄《いら》ってみる気になって、人差指で姪の臍の頭をソッと押してみた。指さきは何の支えも感じずに直ぐ一節《ひとふし》ほど臍の中に隠された。それ以上押せば何処《どこ》まででも這入《はい》りそうな気がしてゾッとすると、
「いやだ。」といって手を引っこめた。
しかしこんな不安は間もなくとれた。そして、或《あ》る日おりかは彼に幸子が笑い出したと嬉しそうにいった。
見ているとなるはど時々幸子は笑った。それは何物が刺戟《しげき》を与えるのか解らない唐突《とうとつ》な微笑で、水面へ浮び上った泡のように直ぐ消えて平静になる微笑であった。しかしまたその微笑を見せられた者は、これは人生の中で最も貴重な装飾だと思わずにはいられない見事な微笑であった。
八
夕暮、人の通らない電車道の傍で鶏《にわとり》にやるはこべ[#「はこべ」に傍点]を捜していると、男の子が一人石を蹴《け》りながら彼の方へ来た。彼はその子の家に黒い暖簾《のれん》が下っていたのを思い出して、誰が死んだのかと訊いた。男の子は黙っていた。
「だれが死んだのや。」
ともう一度訊くと、
「赤子《あか》や。」と答えた。
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