を寄せてそういうと盥の水を捨てに裏の方へ行った。
 彼は気が沈みそうになると、
 「くそッ死ね!」といって一度背後へひっくり返ってから勢好く立ち上った。

     七

 幸子の臍はその後だんだん堅まっていった。初め彼の見た時には、腹部を漸く包んだ皮膚の端を大きくひねって無雑作《むぞうさ》にまるめ込んだだけのように見えた。そして、彼女が泣く時臍は急に飛び出て腹全体が臍を頭としたヘルメットのような形になってごぼごぼ音を立てた。それはいつ内部の臓《はらわた》が露出せぬとも限らぬ極めて不安心な臍だった。それにおりかは割りに平気であった。ある時彼は姪の臍の上に二銭丸の載っていない所を見付けた。彼は自分の読んだ書物の中で、そのような臍は恐るべき命《いのち》とりだと医者がいっていたということを、巧妙な嘘を混じえて姉にいいきかして嚇《おど》かした。
 「そうかしら。」
 そう姉はいうとちょっと笑って、
 「死ぬものか、これ見な。」といって娘の臍をぽんと打った。
 「馬鹿。」と末雄は笑いながら睥《にら》んだ。
 するとおりかはまた二、三度続けさまに叩いてから、「ちょっと指を入れとおみ。」といった。

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