かな顔をして縁側《えんがわ》から上って来た。
「何時の汽車、二時?」
「こ奴俺に似とるね。似てないかね。」
おりかは娘を見下《みおろ》すと、黙って少し赧《あか》い顔をして肩から襷《たすき》をはずした。
「ね、似とるよ、何っていう名だね?」
「ゆきっていうの。」
「ゆき?」
「幸村《ゆきむら》の幸《ゆき》っていう字。」
「さいわいか?」
「そやそや。」
「あんな字か、俺ちゃんと考えといてやったんだがな。辞引《じびき》ひっぱったのやろ?」
「漢和何とかいうの引いたの。末っちゃんに考えてもらえって私《うち》いうたのやけど、義兄《にい》さんったらきかはらへんのや。いややなアそんな名?」
「こりゃ可愛《かわい》い子だ。俺に似るとやっぱり美人だな。」
「そうかしら、お風呂で芸者はんらがな、こんな可愛らし子どうして出来るのやろいうて取り合いしやはるのえ。」
「いい子だよ。苦労するぜ姉さんは。」
末雄は姉を見て笑うと、急に自分のませ[#「ませ」に傍点]た態度が不快になった。彼は立って井戸傍《いどばた》へ足を洗いに行った。それから疲れていたので姪の傍にくっついて寝たが、姉が見ていなかったので姪の手を引っぱったり鼻をつまんだりしてなかなか眠つかれなかった。
五
彼は遠くで赤子の泣き声のしている夢を見て眼が醒《さ》めた。すると、傍で姪が縺《もつ》れた糸を解《ほど》くように両手を動かしながら泣いていた。
「アッハ、アッハ、アッハ、アーッ。」
そういう泣き方だ。彼は前に読んだ名高い作家の写生的な小説の中で、赤子の死ぬ前にそれと同じ泣き方をする描写があったのを思い出した。彼は不安な気がして姉を呼んだ。姉はいなかった。で、姪を抱き上げて左右に緩《ゆる》く揺《ゆす》ってやると直ぐ泣きやんだ。
「死ぬのじゃなかった。」
そう思って彼は静《しずか》に寝かしてやると、また、「アッハ、アッハ。」と泣き出した。彼はまた抱き上げた。するとやはり泣きやんだ。こんな同じことを辛抱強く四度ほど繰り返すうちに、もう彼は面倒臭くなって来て、身体に力を籠《こ》めながら欠伸《あくび》を大きくした。姪は腹のあたりを波立たせて、「アッハ、アッハ。」と泣いた。
彼はいらいらして来た。が、姪はしきりに泣き続けた。
「泣け泣け。」
彼はじっと憎々しい気持ちで姪を眺めながらそ
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